解編:妹の部屋
時間を、少し巻き戻す。
美咲には、付き合って一年になる彼氏がいた。名前は、言わないでおく。二人には、人には言えない秘密の遊びがあった。彼氏は——美咲が「見られながらする」ところを、こっそり物陰から眺めるのが、たまらなく好きだった。そして美咲もまた、見られていると思うと、全身がとろけるほど感じてしまう女だった。
あの日も、そうだった。両親が留守の家。彼氏は美咲の部屋の押入れに身を潜め、スマホのメッセージで命令を送っていた。『ドア、少し開けておけ』『ゆっくり、自分でしろ』。美咲はその通りに、わざと誰かに見られるかもしれない緊張の中で、自分を慰めていた。
——兄が、帰ってくるまでは。
休講なんて、彼氏も美咲も知らなかった。ドアの隙間に兄が立った瞬間、押入れの中の彼氏は凍りついた。出ていくこともできない。物音を立てれば、全部が終わる。彼氏は、息を殺して、襖の隙間から見ていることしかできなかった。
そして美咲は——兄に見つかった、その状況そのものに、かつてないほど興奮していた。押入れの中で彼氏が見ている。目の前には兄がいる。二人の男に同時に見られ、しかも一人は実の兄。その禁忌と羞恥が、彼女の理性を焼き切った。「お母さんには言わないで」——あれは命乞いではなく、この状況をもっと長引かせるための、無意識の誘いだった。
事を始める前、美咲が小さく唇を舐めて囁いた「……ちゃんと、見てて」。兄は、自分に言われたのだと思っていた。違う。あれは押入れの中の彼氏に向けた、合図だった。
兄が不思議に思った、あの口の手際も、同じだった。「半剥けじゃない」「全部剥かないの?」——兄の皮を見て、迷わずそう言えたのは、美咲が"剥けているのが当たり前"の男を、よく知っていたからだ。押入れの中の彼氏は、ズル剥けだった。濡らして少しずつ剥く手順も、痛みの寸前で止める加減も、全部その彼氏の体で覚えたものだった。奥手の妹が初めてのはずの行為をあんなに手慣れてこなせた理由は、たった数メートル先の、押入れの中にいた。
だから、兄の知っている妹と、様子が違ったのだ。あの日の美咲は、兄にではなく、押入れの中の彼氏に見せつけていた。奥手の妹が別人のように乱れた理由は、そこにあった。
そして彼氏は、愛する女が実の兄に抱かれるのを、手を出せないまま、息を潜めて見続けていた。嫉妬と興奮が、頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合う。——もし少しでも物音を立てて、兄に気づかれていたら。修羅場では済まなかったかもしれない。殴り合いか、もっと悪いことになっていたか。紙一重だった。
事が終わり、兄が部屋を出ていったあと。押入れからそっと這い出た彼氏を、美咲は汗だくのまま振り返り、濡れた目で、にっこりと笑った。
「……今日の、すごかったでしょ?」
兄は、何も知らない。いちばんスリリングな"鑑賞会"の、主役にされていたことを。そして、兄がまた自分に"頼みたい"と思っていることも、きっと美咲は見抜いている。次は、それすらも遊びの舞台に使うのかもしれない。
美咲と彼氏は、きっとまた、この遊びを繰り返す。次はどんな舞台を用意しようかと、二人で囁き合いながら。